人は裏切るもの?

どれだけ純粋に、真摯に向き合っても、人は己の欲にあらがえないのだろうか?
裏切られたと思った時、相手を責めたり自分を責めたりするんだろうか?

裏切る、裏切られた、そんな概念自体が存在しないのかなと思う。
自分は裏切られたと解釈するのかも知れないけれど、見る視点を変えれば相手は自分の欲望に忠実だったというだけ。
その欲を達成するために、結果的に俺を裏切ることになったという現実があるだけ。
そもそも、相手にはただ純粋に自分の望みを叶えようとしただけで、俺を裏切るつもりなど無かったのかもしれない。

さすがに耐性がついて、ふーんそうなんやという感じで、それに心を奪われることもない。

俺は自分の欲を満たそうとする時、それがそばに居る人を悲しませないか今は考えるけど、ずっとそうやってこれたかと自問自答してみると、キズつけて悲しませて来た人生がそこには間違いなくある。

俺はそれでも人を好きになる。

俺はそれでも人を信じたい。

俺はそれでも人を許す。

こんな男も居たんだと思ってくれたら嬉しいけれど、たとえこの世の誰もが思ってくれなくても、俺が俺を見てるのだから、そうやって人生を送って行く。

人を許すと言うのは上から目線で、結局はそれで自分の心を解放してやる作業。

許せば心は自分の元に戻ってくる。

大したことではないじゃないかと、俺の心はそう言っている。


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