42年近く生きて来てここ3年、なかなか濃い日々を過ごして来た。
弱い心も少しは強くなった。
心が強くなるというのは、ある意味色々な事に冷めるという事かもしれない。
人には3種類在る。
奪っていく者、奪いも与えもしない者、与える者。
奪われるものには目に見えて分かるお金や命があるけれど、時間や心の平穏も奪われる事がある。
自分はどうなんだろう。
相手を大切だと言いながら奪っていないだろうか。
心のどこを切り取っても、相手を大切だと想う心に嘘偽りはないのに、結果は奪ってしまってないだろうか。
逆に、ただただ相手のいう事を信じ、自分が相手を大切だと想うあまりに、奪われる事に身を委ねていないだろうか。
自分の心は自分にしか分からない。
自分の心以外は全て結果でしか表せられない。
世の中や人間社会の普遍の真理。
人を信用しない。
もう人を信じる事はない。
結果しか信じない。
そう生きる事は寂しい事でも何でもない。
もしかすると又信じるに値する者が現れるかもしれない。
それを求める事に心は捕らわれないけれど。
自分が弱いからむやみやたらに信じてしまう。
いつまでも、来るはずの無い幸せな未来を追い求めてしまう。
誰かを信じないと生きられないほど、人生なんて難しくない。
人を信じないことと、人を疑うことは決して同義ではないし、自分は人を裏切らない。
ただそれだけで充分。